もっさりシナリオブログ

もけの脚本・シナリオ等創作置き場(無断転載不可)

秋の遺産@すすき

人物

佐藤正(41)会社員

佐藤美由紀(39)主婦・正の妻

佐藤大河(11)小学生・正の息子

佐藤千花(9)小学生・正の娘

佐藤春子(74)無職・正の母

佐藤進(44)無職・正の兄

 

 


○谷の丘中央病院・入院病棟の個室

   枕元に飾ってある花を見てからゆっくり体を起こし、

   窓の外をぼんやり見ている佐藤春子(74)外から見える大きなけやきの

   枯れ葉がはらりと落ちているのを見てため息をつく。

   と、病室廊下から明るい声が聞こえる。それを聞いた春子、にっこり微笑む。

   病室に佐藤大河(11)と佐藤千花(9)が入って来る。遅れて佐藤美由紀(39)

   が入り、病室の戸を閉める。

美由紀「大河、千花、病院は走ったらだめだっていつも言ってるでしょ」

   大河、千花、構わず春子の元に駆け寄る。

大河「おばあちゃん具合はどう?」

千花「おばあちゃん大丈夫?」

春子「(にっこり笑って)二人が来てくれた から元気になって来たよ」

千花「じゃあ退院出来る?」

春子「それはどうかなあ」

美由紀「お義母さん、すみません。騒がしくしてしまって…」

春子「いいのよ。(大河と千花に)あなた達がときどきお見舞いに来てくれるのは

 嬉しいわ」

美由紀「そうですか、迷惑でなければ良かったです」

   美由紀、持ってきた春子のための着替えなどを整理する。千花が窓の外を見る。

千花「ねえおばあちゃん、もうすっかり秋になっちゃったね。

 一緒に海水浴行きたかったなあ」

大河「秋には秋で遊ぶ事たくさんあるよ!」

千花「えー?例えば?」

   大河、考え込むが出て来ない。

千花「秋なんてつまんないよ」

春子「そんな事ないよ。おばあちゃん秋も好きよ」

大河「え?なんでなんで?」

春子「すすきが原っぱ一面に広がるところでかくれんぼすると楽しいのよ。

 おばあちゃんすすきが大好きなの」

大河「へえーでもこの辺りにすすきの原っぱあるかな?」

千花「探してみたいな。ねえおばあちゃん、見つけたら一緒に行こうよ」

春子「もちろん!退院したら行きましょう」

   美由紀、枕元の花を手入れしている。

美由紀「二人ともおばあちゃんに無理させたらだめよ」

大河「でも退院してからだから…」

美由紀「お義母さん、この花しおれかかってるから捨てますね」

千花「でも私たちの摘んできたお花だよ?」

美由紀「ただでさえ汚いのに枯れたらもっと汚いでしょ。

 今のうちに捨てておかないと」

   美由紀、花をゴミ箱に捨てる。春子悲しそうにそれをみている。

   と、戸をトントンとノックする音。

   すぐに戸が開き、佐藤進(44)が入って来る。

進「おっと、来てたのか。美由紀さん」

   美由紀、不機嫌そうに軽く会釈する。

   春子は進の顔も見ず、窓の外を見ている。

   大河、千花は不穏な空気を察して固まる。

春子「(無愛想に)進、あんた今までどこをほっつき歩いてたんだい」

進「やあ母さん、久しぶり。親父が亡くなってから会ってないから

 三年ぶりくらいか?具合はどうだい?」

春子「あんた今どこで何の仕事してるの?」

進「今はまあ、いろいろとね。お母さんは何も心配しなくていいんだよ」

   美由紀、進をにらみつけながら荷物をまとめる。

美由紀「お義母さん、私たちそろそろ帰ります。

 また来ますね。(大河と千花に)ほら、おばあちゃんに挨拶して」

大河「じゃあねおばあちゃん」

千花「ばいばい」

春子「(手を振りながら)二人ともまたね」

   病室の戸をぴしゃりと閉める美由紀。

 

○鈴木正の家・リビング(夜)
   ネクタイを外している佐藤正(41)

   イライラしながら唐揚げを電子レンジに入れている美由紀。

正「…そうか、兄さんにも困ったもんだ」

   正、椅子に腰掛ける。

美由紀「困ったじゃすまないわよ。

 三年前、お義父さんが亡くなった時もこんな感じだったじゃない。

 今まで連絡もしてこなかったのに突然ひょっこり現れて!」

   電子レンジがピーピーと鳴る。

   美由紀イライラしながらレンジの扉を乱暴に開ける。

美由紀「(皿に唐揚げを盛りつけながら)どうせ今度はお義母さんの遺産目当て

 なんでしょ。美味しい思いだけしようとして…あの人には絶対渡さないから!」

   美由紀、盛りつけ終わった皿を無造作に正の前に置く。

   正、困った顔をしながら唐揚げを食べる。

 

○谷の丘中央病院・入院病棟廊下

   綺麗にラッピングされたすすきを手に春子の病室へと向かう美由紀。

   春子の病室の前でノックして入る。

 

○同・個室

美由紀「こんにちは。美由紀です。具合如何ですか?」

   春子何も答えない。

美由紀「今日はお義母さんが好きだっておっしゃってたすすきを買ってきたんです」

   美由紀すすきを花瓶に入れようとする。春子が怒った顔をしている。

美由紀「どうかされたんですか、お義母さん」

春子「私は買ってきたすすきが欲しい訳じゃない。あんたは何もわかってない」

美由紀「え?」

春子「あんたの優しさは嘘しかない。もう来なくていい。

 あんたも進も!もう来るな!」

   美由紀、驚いてすすきを落としてしまうがそのまま逃げるように立ち去る。

   床にすすきが散らばっている。

   春子、背中を丸め布団をぎゅっと握りしめる。

 

○道

   大河と千花がきょろきょろしながら歩いている。

千花「あ、おにいちゃんあれ!」

大河「あった?」

千花「うん、早く来て!」

 

○すすきが広がる草原

   大河が急いで走る。千花はすでに原っぱの奥へ進んでいる。

千花「すごい!本当にかくれんぼができるね」

大河「おばあちゃんが退院したらやろうよ。かくれんぼ」

千花「おばあちゃん喜ぶね!」

   二人笑う。

 

○鈴木正の家・リビング(夕)

   美由紀がご飯の支度をしている。大河と千花はテレビを観ている。

   と、電話がかかってくる。美由紀が受話器を取る。

美由紀「はい、鈴木です…え?お義母さんが…?」

 

○谷の丘中央セレモニーホール・入口(夜)

   「鈴木家通夜」と書いた大看板が置かれている。読経が聞こえる。

 

○同・内装(夜)

   棺が置いてある。その上には生前の春子の遺影が飾られている。

   皆下を向き悲しんでいる様子。

   その中で一段と明るい進。正と美由紀のところにふらふらとやってくる。

進「正、こんな日にあれなんだけど、母さんの遺産は俺のところにも来るよね?」

   正が口を開こうとする。

美由紀「…よくそんなことが言えるわね。あんたのところに遺産なんか行かないわよ」

進「なんだよ。俺は息子だぞ。お前はしょせん他人じゃねえか」

美由紀「私の方がお義母さんにたくさん尽くしてきたのよ!」

正「兄さん美由紀やめろよ。みんな見てるぞ」

進「だからなんだってんだ。俺は遺産を貰う権利があるぞ!」

美由紀「あんたにそんな権利なんかないわよ」

正「(大声で)二人とも黙れ!」

   美由紀、進びっくりして動かなくなる。

正「(静かに)母さんの遺産はないんだ。

 借金が少しだけある…遺産なんて…本当にないんだよ」

   美由紀、進がっくりと肩を落とす。

 

○すすきが広がる草原

   大河、千花がはしゃいで走り回っている。正、それを見ながら微笑んでいる。

大河「千花ーどこだー?」

   千花が大河の後ろから現れる。

千花「ここだよ」

大河「うわっびっくりした!」

   笑い会う大河と千花、正の方に来る。

千花「おばあちゃんともっとたくさん遊びたかったなあ」

大河「このすすきの原っぱ、おばあちゃんが見たら喜んだだろうね」

正「(空を見上げて)大丈夫、きっと天国で見てるよ」

大河「…そうだね」

千花「ねえねえ、今度はお父さんも一緒にかくれんぼしようよ」

大河「お父さん鬼ね」

   二人笑いながら走って行く。正ゆっくりとすすきの草原の中を歩き始める。