いってらっしゃい@わかれ
人物
河村伸二(28)会社員
横井あき(27)OL・河村の恋人
○横井あきのアパートの部屋(夕方)
河村伸二(28)が大きなスーツケースに荷物を詰め終わる。
別の部屋から横井あき(27)が入って来る。
あき「あれ?荷物これだけ?」
河村「ああ」
あき「思ってたより少ないね」
河村「まあ、引っ越し業者に持ってってもらったしあとは結構捨てたからな」
ゆっくり座る二人。煙草に火をつける河村。無言で近くの灰皿を渡すあき。
あき「…ねえ、本当に行くの?」
河村「行くよ。もう新しく住む場所決めてるし」
あき「やっぱ、そうだよね」
河村「もう夕方かー。この部屋西日がものすごく入ってくるな。暑い」
あき「本当。この時間は普段お互いうちにいないから知らなかったね…
エアコン入れようか?」
河村「いやいいよ…なんか思い出した」
あき「海行った時?」
河村「見たよな、夕日が沈むの」
あき「そうそう、何だかあっという間に沈んですぐ暗くなってびっくりしたよね」
河村「そうだな…あっという間だった」
河村、煙草をもう一本取り出し吸い始める。
あき「…あ、ねえ、明日も仕事?」
河村「ん、そうだよ」
あき「部屋の片付けしないといけないし、休めばよかったのに」
河村「いや、そういうのは後回しだよ。今仕事に集中したいから」
あき「そういう人だったもんね」
河村「そういう人でしたよ、俺は」
あき「なんか仕事のことでたくさんケンカもしたよね」
河村「そうだったな。嫌な思い出だ」
あき「そうかな、私には夕日見た時もケンカした時も今は全部いい思い出かな」
河村「まあ全部終わったしな。嫌なこともなんだかいい思い出になるんだな」
あき「…そうだよね」
河村「じゃあ俺、そろそろ行くよ」
火のついた煙草を灰皿に置き、立ち上がる河村。
あき「うん。じゃあ…いってらっしゃい」
河村「いつも通りだな、お前は。でも俺はもうただいまは言えないな」
あき「…それでもいいよ。最後でもいつも通りにしようよ」
河村「そうだな。じゃあ、いってきます」
あき「いってらっしゃい」
河村、玄関を閉め、出て行く。
煙草の火がまだついていて煙が立っている。
あき「あ、煙草、また火がついたままだ」
煙草の火を消しながらあきの頬から涙が伝う。